映画「ロシアン・スナイパー」におけるリュドミラ・パヴリチェンコについて
今回は、第二次世界大戦中に活躍したソ連の女性スナイパーを紹介します。

映画DVDは既に所有しておりますが、みなさんには、予告編を御覧ください。

 

 

彼女は、大戦中にスナイパーで309人のナチス兵を狙撃しました。
総力戦の中で、スナイパーというのは見つかったら必ず殺される立場です。

以前に紹介した「フィンランド戦記」では、コッラー河の奇跡を思い出すと、
フィンランド兵32人のスナイパーが、4000人の突撃兵を撃退したことがありました。
現在でもスナイパーとして名を馳せた人物に、シモ・ヘイヘという人物がいます。
彼についても、有名な動画があります。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm29022448

また、大戦中に限らず世界の歴史的スナイパーについての紹介もします。

ところで、なぜソ連のスナイパーを紹介したのかというと、パヴリチェンコ
が、大戦中に戦果を上げすぎたため、国が彼女を英雄にしたことです。
怪我や病気の回復を医者と誤魔化してまで前線に行こうとした彼女を、
同じく前線で戦う男たちとの恋愛の最中、後方の指導教官として「象徴」として
活かされます。しかしながら、アメリカの大統領夫人とゲストで接する中で、
軍人としての女性と普段の日常の生活での人間としての葛藤が襲います。
その人間模様は、現代の私達の生活にも通じる部分があります。

ソ連というと、スターリン主義による独裁が、政治の粛清と無謀な作戦により
大戦中世界で一番の戦死者を出した国です。

それをデータにした動画があります。
大戦中の世界の戦死者数です。

http://ja.fallen.io/ww2/

 

戦死者は、我々が生きるにあたり国の誇りが正義として祀られます。
しかし、生存者や退役した軍人、特に前線で生きた人間たちは、
平和な時代を生きなければならないという義務が襲います。
戦争に行かなかった人間たちと共存することは、大変難しいです。

現在、このような葛藤の状況で苦しむ人々を受け入れる社会と
日本のようにブラック企業で社会復帰のできない人々は類推して同様だと
私見ですが、考えております。

戦争もない時代に、3万5千人が自殺で死んでいる我が国である日本。
90年代までは、2万人の自殺者で、国民経済の低下で1万5千人が、
国の運営をする人々によって死んでいます。遺伝や病気を除外しても異常な数です。

人間の死生観は、時系列や国ごとで変容するものですが、戦争と平和の螺旋のなかで
類推したり、推測し、そこから命題が生まれることがあるかと思います。

次回は、「第二次世界大戦中の独裁者について」紹介します。

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